傘をもたない蟻たちは

加藤シゲアキ著『傘をもたない蟻たちは』読了。
「恋愛小説(仮)」「イガヌの雨」「インターセプト」は読んだことがあったので、それ以外を読んでいった。
生きづらさを抱えた人々の痛みと希望を描く、NEWS・加藤シゲアキ初の短編集。
と銘打っているだけに、どの作品もセンシティブな登場人物。
全作品読んで一番好きなものは「染色」次点で「にべもなく、よるべもなく」だった。


「染色」
最後の電話での会話が、自分が分からなくなってしまった村上春樹の「ノルウェイの森」の終わり方を彷彿とさせ、
尚且つこの主人公も村上作品に出てきそうだなあと思った。
しかしシゲアキさんの描く人間の方が俗世の人間らしい。
一人の女の子に影響されて作風が変わる主人公にも、その彼女に依存していく様もすごく生々しく切ない。
結局彼女は主人公がいなくても表現できる世界を持っているのに対し、主人公は彼女を失うことで空っぽになってしまう。
そして彼女のいない世界を生きていく空虚さ。
シゲアキさんが得意な視覚的描写が遺憾なく発揮された作品。
この人間のコンプレックスを刺激する感じがなんともいえなくて、ああ、シゲアキさんだなあと思う。


「Undress」
サラリーマンの記号であるスーツを脱ぐ→Undress
最後なかなかのどんでん返しなんですが、これは長編でも読みたい作品。
十年間構築してきた自分の人生設計が完璧かと思いきや全て張りぼてのように崩されてしまう。
仕事仲間を一切愛していないといっていた主人公が、周りからもそう思われていたことに対するショックは自業自得といえなくもない。
が、地味に特注でボールペン作るあたり愛着はあったんだろうなという矛盾に人間らしさを感じるし、
最後に救いの手?をさしのべてくれる社長がいることで、物語のゲスさを昇華しているから面白い。


「にべもなく、よるべもなく」
この作品が特別なのは、ケイスケ視点での話の方がオーソドックスなのに、それを理解しようと苦しむ純視点での話だということ。

理解なんて、僕らの間にはなんの意味もないんだ

ケイスケの台詞に人間の真理が詰まっていてドキリとした。
他者と自分との間にはとてつもなく越えられない壁があって、いくら理解しようとも100%どころか50%も無理で。
でもわかり合おうともがきながら生きているのが人間である。
中学生ながら分からないことを悪だと思って自分を責める純は本当に純粋だ。
そしてそれをわかり合えないと達観しているケイスケは哀しいほど大人だ。
そんな彼らを見つめている根津爺。ヘミングウェイの『老人と海』とか湯本香樹実の『夏の庭』のような雰囲気。
そしてBurn.のホームレス徳さんみたいに、シゲアキさんが書く少年たちには必ず素敵な言葉をくれる大人がいるんだな。


全ての作品が人間て弱くていとおしいなと思わせてくれるような繊細さを持ち合わせていた。
これからの作品がまた楽しみ。