芸術鑑賞―中原中也【3】
3回目は中也を最も客観的に分析した人ではないでしょうか。大岡昇平からみた中也についてまとめていきます。
肩書きは小説家ですが、作品を見る限りノンフィクションや私小説が多いように感じます。今回読んだのは、「ザルツブルクの小枝」と「中原中也」
ザルツブルクの小枝―アメリカ・ヨーロッパ紀行 (中公文庫 お 2-7)
- 作者: 大岡昇平
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 1978/10/10
- メディア: 文庫
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あとはさらっと「生と歌ー中原中也その後」も。
ここから分かるように一番中也の死後一番彼について筆を執ったのがこの大岡氏。中也の全集も手がけています。
今回舞台「フレンド」の中で、まさにこの大岡氏の作品から引用したキーワードがあるらしいです。
https://twitter.com/snoflinga__t/status/522033306548723712
https://twitter.com/snoflinga__t/status/522034061712187392
この作品完全なる紀行文なので、これを引用している舞台とか時代考証が恐ろしく綿密なんだろうとおののいております。。
話を戻して。大岡氏は中也の死後、自ら中也の故郷山口に足を向け取材しています。家族や文芸とは畑の違う友人らに話を聞き、書き出したものを1冊にまとめたのが角川文庫の「中原中也」です。小林秀雄とは違い、中也の人柄を垣間見れる表現が随所にあります。
十七歳の中学生、十九歳の女優の幼い恋は、男がダダイストで威張っていたには違いないが、幾分はダフニスとクロエ*1のようなところがあったろう。 『中原中也』より「京都における二人の詩人」
長谷川泰子と中也の年の差は2歳。それにもかかわらず、也に恋人としての愛情というよりも叔父さんという印象しかなかったというショッキングな証言を大岡はこの本に載せています。…2歳下をおっさんて。。ちょっと中也が気の毒。そして小林秀雄に関しても恋愛感情はなかったとのたまうこの方はなかなか大物感ただよいますね。
大岡昇平は歯に衣着せぬ表現で読んでいて、スカッとします笑
小林秀雄の文章には出てこなかったものの、大岡昇平の文章の随所に現れる人物が「安原嘉弘」です。雑誌『白痴群』の編集にあたった青年達の一人にこの安原はいました。
みんな例外なく中原のファンで、随分酒や小遣いを貢いだのだが、終生の伴侶となった安原嘉弘を除き、中原の天才に圧倒されて、逃げ腰になるのが気に入らず、次々と破門されて行くことになる。
『中原中也』より白痴群
大岡に「終生の伴侶」とまで言わしめる安原嘉弘。非常に温厚気さくでまっすぐな性格の好青年。なぜそんな彼がひねくれ者の中原といるのか読んでいるうちにますます疑問になっていきます。だって中原中也恐ろしく扱いづらそう…。
中原も酔うと安原を除いて、我々を罵ることが多くなった。
『中原中也』より白痴群
それから結婚までの三年間が、彼の生涯で一番孤独で不幸な時期になる。この間彼の忠実な伴侶だったのは、私の成城の同級生であり、「白痴群」同人でもあった安原嘉弘である。彼はその後文学を捨てたが、現存する中原の書簡で、一〇二通という圧倒的多数を所有しているのも彼で…中略…中原の伝記的研究に一早く手を着けた功績は、当然彼のものである。
『中原中也』より「在りし日の歌」
相性ぴったしだったのでしょうね。恐らく互いが互いをうらやましがるような仲なのだろうなと推測できます。中也は安原について長谷川泰子や小林秀雄のように詩に書き連ねるようなことは全くしていません。彼が傍にいる時は気持ちが凪いで詩人ではなく一人の人間として生きていたのではないでしょうか。これが安原が女性だったらまた違った面白い展開になるのですが、中也にとって文学と切り離しても友人である人物は貴重な存在だったのだと思います。
大岡からの視点では、安原は少々中也に入れ込み過ぎていて中也を擁護しがち。との記述まであります。こういう毒の要素もあるからなかなかこの作品(『中原中也』)面白かったです。
さて、こんな風に俯瞰して中也と周りの状況を書き留めている大岡昇平ですが、中也の死の知らせを聞き、動かぬ彼と相まみえた際に号泣したことも作中に書かれています。‘’自分は早いうちに中也に対して反いた‘’と言いつつも、やはり大切な友人だったに違いありません。
以来私は彼の遺稿を整理したり、伝記を書き綴ったりしているが、その記述が常に留保つきのものであるために、読む人に不確かな印象を与えていることを私は知っている。
これは中原と私の精神のできかたが違っているためである。中原の天才が私にないため、彼の精神に真直に入って行くことができないのである。
『中原中也』より「在りし日の歌」
小林秀雄と中原中也は似ている者。大岡昇平と中原中也は全く対極にいる者。文章からも分かるのですが、大岡昇平の図太さというか世渡り上手なしたたかさは全く中也には見られません。理解できない者だからこそ、客観的に彼の詩を解説し、彼の生い立ちを綴り、後世に伝えることが出来ている。この小説家の彼に対する不器用な愛情が文章の端々から伝わってきます。
最後に、中也は戦争よりも前に亡くなっています。大岡昇平はもし中也が戦中を生きていたら、それこそ狂ってしまっただろう。と一言添えていました。それほど世の中に、人に正直であり敏感な人だったのでしょう。ダダイズムを貫き通した男の瞳には常に悲しみが映っていたのではないでしょうか。
第三弾。やっと終わったのと同時にこれで終わりにしようと思います。本当なら中原中也の手紙を読んで、舞台の核心にまで迫りたいのですが、私自身が作家論はもういっぱいいっぱいで笑どちらかというと作品論がしたい人だと改めて実感しました笑
またこの知識を元に、中也の作品を読み味わいたいと思います。
それでは今夜此処での一と殷盛り。お付き合いいただいた方は本当にありがとうございました。